セレネーはただ一つさえあれば其処を終着点として良いと言う

嫌いな人もいました。会ったのはたった一度きりだったのですが、一度きりにしたのはもう行きたくないと私がその場所を避けたからです。

ミノリちゃんのいる真珠貝の場所の奥に、まだ記憶の階段が続いていたので以前そこまで行ったことがあります。すると不思議なことに、あれだけ空を覆い尽くしていた星空のすべてが消えて真っ暗になってしまったのです。淡い色をしていた階段はやがて赤い色に染まり、不穏な空気が漂う空間まで私は来てしまいました。そしてそこには地面に座り続けたまま動かない、ミノリちゃんそっくりな男性がいたのです。

「あなたはどうしてミノリちゃんそっくりなの」と尋ねると、低い声が「それは俺がミノリと同じ存在だからさ」と笑いました。よく見ると長い黒のスカートには、あるはずのふくらみがありません。そしてスカートの裾から伸びているはずのものもありません。足がない、とパッと見て気が付きました。男性は私の好奇の視線に気づいたのか、「要らないから切ったのさ」とあっけらかんと言ってしまいます。「どうして」という思いがますます募りました。あの階段で見てしまったものから、いやなものを感じます。

「もう何処へも行かなくていいんだ。ミノリはずっと俺の中にいるからね」

「ミノリちゃんならこの階段を戻ればいるわ」

「違う違う。俺の中というのは、即ち俺の身体の中さ」

とうとう私は察してしまい口元を抑えました。映像からしてそんな気はしていましたがそうだとは思いたくありませんでした。いつの間にか私のそばに、本物のミノリちゃんが来ていたようです。私の隣で小さく、「私の好きな人がごめんね」と悲しそうに眉尻を下げます。だけど本物のミノリちゃんの姿はあの男性には見えていないようでした。こうはなりたくない、そういう気持ちになりながら私は珍しくもこの夢が早く終わるように念じます。本当にいるはずのミノリちゃんに気付かないまま、妄想にとらわれている男性が気分の悪さにうずくまる私を笑いました。

「俺には君も同じ穴の狢のように見えるけどね?」

笑い声に耳をふさいでも、その言葉は耳に残りました。

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