ふらふらと歩いているとそのうちに人と出会うこともしばしばありました。その中で私が特に仲が良くなったのがミノリちゃんです。大きな真珠貝の上に座ってライオンと鳩を飼いならしている彼女は、ミロのヴィーナスそっくりな姿をしていました。
寂兎君のいる塔を抜けて海の上に戻ると、当然またあの荒野に帰ってくることになるのですが、その荒野を歩いていくと天上に続く階段を見つけたのが彼女と出会った切欠です。誰かの記憶を映す階段の映像を眺めながら、私はミノリちゃんに出会いました。長い金髪を鳩の嘴で整えさせながらミノリちゃんは「こんな髪色だけど日本人だったのよ」と笑います。私もそうだというと、「素敵」と彼女の頭上で鳩が両翼を前に折りたたみました。
寂兎君のところに七日に五日いるならば、七日に一日はミノリちゃんのいる真珠貝のそばに遊びに行きます。そこでこの世界の不思議について話すのです。当然寂兎君のことも話題に上がりました。寂兎君のことを少しだけミノリちゃんは知っているようで、「あの海に住む女性はパンドラっていうらしいわ」と教えてくれました。ミノリちゃんはもうずいぶん前からここに住んでいるようですが、寂兎君はそれよりも昔からここにいたそうです。ここにはいなくなる人もいれば、ずっと昔からいる人もいるのだと聞かされました。
寂兎君が何故か女性になってしまったことについてを放すと、ミノリちゃんは自分の体に腕がない理由を話してくれました。ここはすべてがそのまま形に現れる世界だそうです。ミノリちゃんは「求めることをやめたの」と笑いました。どうしても欲しかった人を諦めたら楽になれたのだと彼女は言います。ひどく苦しんだのだとも教えられました。ちょっとだけうらやましいと、私は鳩が淹れてくれた紅茶を飲みながらミノリちゃんの肩あたりを見つめて思います。でもどうしてうらやましいなんて思ってしまったのか、その答えは見つかりそうにありませんでした。私は恋をしていてとても幸せだったはずなのですから。
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