2018.10.24 10:33等価交換の選択を君が笑いたければ笑えばいい等価交換だ、と不意に思った。 でも確かにどこかで鐘の音を聞いたような気がした。 「きっと、笑われるんだろうな」 「笑わないよ。少なくとも、私は」
2018.10.24 10:30神はいたとしても救世主はこの世にはいないのだろう 僕が初めて後ろを振り返ったときのことを君は覚えているだろうか。 あの時君は僕の話を聞かずにただただ「ごめんなさい気持ち悪いですよね」なんて言葉を何度も何度も繰り返していたんだ。もちろん君がしてきたことは気分のいいことではないと思っていたし、できることなら改めてほしいと思っていた。だけど僕はそれ以上に君という人間を知ってみたいと思っていたんだ。それを君が理解してくれたのはずいぶんと日が経ってからだったよね。理解してくれた君は、「寂兎君って不思議な人だったんだね」と目を丸くしていたっけ。自分でもおかしいことをしていたとはわかっていたよ。僕たちはお互い、他人からの忠告なんてものを聞けない人間だったらしいから。 でもそういう選択があったから僕はいまの僕になれ...
2018.10.24 10:30この話はこれで終わり。解散。…あれ? そしてとうとう節理も彼女を拒否する時が来た。 「本能」に行き止まりを提示された沙耶は、己の姿を知覚することも感情を覚えることもなく、ただただ完全な死を迎える。本当に愛を全うする瞬間だった。こんな形にはなったが、きっと満たされることだろう。本当に彼女がそう思っているかはもうわからないからさておいて。 というわけで、松嶋沙耶の話はこれで終わりだ。 一度きりの人生というものの尊さを、体を張って証明した物語だった。この先もこの話は他の胎児たちの中でも寓話として流れることだろう。「過去のしがらみなどを覚えているとろくなことはない」ということで。…え?それで話が終わるとは限らないって?
2018.10.24 10:29彼女は摂理を裏切った そう、あれは彼女にとってまさしく純愛だったのだ。 彼女は初恋を死ぬまで全うした。彼女は彼に恋している。恋したがゆえに死んだ。そして死んでもなお彼女はその純愛を貫いた。 彼女の意識はあの白い病室の中で止まり続けた。彼と愛し合った事実も忘れるほど長い時間をその時空の中で過ごした。 途中で何度も自分が生まれ変わるために必要な夢を見た。悪夢のような世界をさまよう旅だった。そこで出会った人々は、口をそろえて「自分は死んだのだ」ということを教えてくれたものだから、夢ではなく死後の世界だということに沙耶はやがて気が付いた。気が付くたびに沙耶は本能的に続けていた旅をやめた。旅の終わりは産道だと知っていたからである。 彼女は生まれ変わりたくなかった。生まれ変わるという...
2018.10.24 10:26思いはすべて灰になった 女は彼の墓の前でかたくなに動かずやがてそのまま骨になった。悪夢のような純愛を全うした女のうわさはその後しばらく街に流れたが、一年もたてば過去となって消えた。
2018.10.24 10:24ヴェールの奥を明かす前に 二人の将来はいつしか円満なものになると沙耶は信じていた。 かつては勝手に彼の写真を盗撮してポスターにしていたような女とは思えないほど、松嶋沙耶は今や普通に寂兎智尋という男を愛していた。 大学卒業後には婚約をし、お互い将来のことを考えながらささやかながら結婚式も挙げようと予定していた。ドレスよりも何よりも二人が気に行ったのはウェディングシューズで、シューズを飾る花に特に沙耶は惹かれた。「運命を開く」なんて、らしくていいじゃないかと智尋も笑っていた。きっとこのシューズを履いてヴァージンロードを歩くのだろうと信じていた。 玉突き事故に巻き込まれた。 病室で鎖のようなチューブに繋がれた智尋の手を時折握ったかと思えば、隣にある椅子に座ってずっと傷だらけの目元を...
2018.10.24 10:23長く続くストーカーの癖が未だに抜けない しかし最も異常だと誰もが思った話とは、このストーカー女の恋が成就したということである。きっかけはこの無人の下校道で奇妙な足音に寂兎智尋が振り向いたことだったのだが、それにしても普通はまず通報するのが先だろう。ひとえに松嶋沙耶という女の顔面偏差値と地の性格の良さが導いた結果だっただろう。いや、それともストーカーされていたという事実に対して「一途」だとか「晩熟」だとかいうプラス面を評価した寂兎智尋という男の馬鹿さ優しさを評価すべきか。周囲の人間がいくらこうして考察をしあったところで正解が出そうにないのがこの一組の恋人たちの関係性である。
2018.10.24 10:21書道部は帰りが遅いので後を尾けやすい 松嶋沙耶という女はストーカーの典型だった。小学校の頃にはすでにそうだったというのだから救いようのない。なるべくしてストーカーになったようなそういう女だった。これで容姿が人並以下だったら最悪というものだろう。 寂兎智尋という男もよく犯罪として被害届を出さないものだ。いや、気が付いていないから出しようがないのだろうが、にしても普通自分の家の郵便物が物色されている形跡があったり、修学旅行先の押し入れから物音がしたら気づくものではないだろうか。いやはや、人間とはかくも不思議なものである。 さて今日も松嶋沙耶はその恋心がゆえに寂兎智尋の後を尾けている。時刻はもうすぐ七時というところ。書道部は帰りが遅いため後をとても尾けやすい。放課後から彼が帰宅する時間になるま...