そう、あれは彼女にとってまさしく純愛だったのだ。
彼女は初恋を死ぬまで全うした。彼女は彼に恋している。恋したがゆえに死んだ。そして死んでもなお彼女はその純愛を貫いた。
彼女の意識はあの白い病室の中で止まり続けた。彼と愛し合った事実も忘れるほど長い時間をその時空の中で過ごした。
途中で何度も自分が生まれ変わるために必要な夢を見た。悪夢のような世界をさまよう旅だった。そこで出会った人々は、口をそろえて「自分は死んだのだ」ということを教えてくれたものだから、夢ではなく死後の世界だということに沙耶はやがて気が付いた。気が付くたびに沙耶は本能的に続けていた旅をやめた。旅の終わりは産道だと知っていたからである。
彼女は生まれ変わりたくなかった。生まれ変わるということは、松嶋沙耶として生きてきたことを忘れるということである。松嶋沙耶として生きてきたことを忘れるということは、寂兎智尋という男を愛していた事実を忘れるということである。沙耶は寂兎智尋を愛している。だからこそ忘れることなどできなかった。何もわからないまま彼以外の男を受け入れる来世など、沙耶にとっては地獄でしかなかった。
沙耶は摂理を否定し続けた。自分の人生のほとんども忘れ、同じことを繰り返した。
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