その顔を見てはいけないと思った

白い旗が歩いていくうちに見えたので、何気なく行ってみて後悔しました。白い旗はてっきり地面に刺さっているものだと思っていたのですが、よく見ると誰かが手に持っていたのです。黒ずくめの影を見たとたん、私は「見てはいけないものを見た」という直感的な恐怖に怯えます。

とっさに来た道に戻ろうと身をひるがえすと、今まで動いていなかった影がこっちに向かって走ってきました。足音を聞いた途端、高い悲鳴が閉じた喉から飛び出します。固い地面からところどころ飛び出している枯れ草に足を取られそうになりながら、がむしゃらに私は走ります。でも、逃げ場所なんてないような気がしました。ここは何もない荒野なのです。だからこそあの白い旗が気になってしまったのです。まるで花に惹かれる蝶みたいに。

やめて、とか、来ないで、とかそんな言葉を私は繰り返します。でも聞こえていないようでした。私の無茶な言葉も聞かずに足音は速度を速めます。--終わってしまう。そういう言葉が直感的に脳裏をよぎりました。嫌だ、いやだと叫びながら腕を全力で振り続けます。前なんてちっとも見ていませんでした。だって、見たところで広がっているのはずっと荒野だと思っていましたから。

だから、「あっ」と気付いた時には私は崖から真っ逆さまに滑り落ちてしまっていて。

最後に、追いかけてきた影がこっちを見ていることに気が付き、顔を見てしまう前に私はぎゅっと目を瞑りました。途端、視界が黒一色に染まります。冷たいとか、痛いという感覚は一つもありませんでした。

0コメント

  • 1000 / 1000