彼女は彼に出会った

白い塔の中は張りぼてみたいに何もありませんでした。誰も住んでいない塔の天井を眺めながら、たくさん階がありそうに見せかけておきながら天井が吹き抜けになっている広い一間しかなかったことに拍子抜けします。やっぱり人魚なんて住んでいるような素敵なところではありませんでした。

ですが、落ちてきたところを確認するように穴の抜けた天井を眺めていると、夏下冬上を鳴らす優雅な音が聞こえました。視線を下げて驚愕します。殺風景な一間は途端に神殿に変わりました。

「寂兎くん…?」

それは直感でしかありませんでした。目の前にいるのは生成り色の簡素なドレスを着ていて、色鮮やかな長い髪を華やかに結い上げている女性です。私の知っている寂兎智尋さんは確かにちひろ、なんてかわいい名前だとは思いますがまぎれもなく男性だったはずです。でも、何故だか彼だと思いました。恋する乙女の直感というものです。

私はウェディングシューズの踵を鳴らして私の前に立った彼と目を合わせてしまいますが、すぐに目をそらしました。こんなに綺麗な顔をしている彼と目なんて合わせたら、彼の目が穢れてしまいます。ただちょっとお話だけはしたいと思い、私は「どうしてこんなところにいるの?」と声を震わせながら問いかけました。耳まで赤くなってしまっているような気がします。なにせ話しかけたのはこれが初めてだったのですから。

ですが彼は小首をかしげて後ろを向いてしまいます。やはり私のようなストーカーとは夢の中でも話をしたくなかったのでしょうか。わかっていたとはいえさすがに落ち込みそうになります。

でも、なんとな違和感があって、私はしばらく彼の後姿を凝視します。正体に気が付いたとき、腑に落ちたと同時に不思議と安心してしまいました。

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