二人の将来はいつしか円満なものになると沙耶は信じていた。
かつては勝手に彼の写真を盗撮してポスターにしていたような女とは思えないほど、松嶋沙耶は今や普通に寂兎智尋という男を愛していた。
大学卒業後には婚約をし、お互い将来のことを考えながらささやかながら結婚式も挙げようと予定していた。ドレスよりも何よりも二人が気に行ったのはウェディングシューズで、シューズを飾る花に特に沙耶は惹かれた。「運命を開く」なんて、らしくていいじゃないかと智尋も笑っていた。きっとこのシューズを履いてヴァージンロードを歩くのだろうと信じていた。
玉突き事故に巻き込まれた。
病室で鎖のようなチューブに繋がれた智尋の手を時折握ったかと思えば、隣にある椅子に座ってずっと傷だらけの目元を見つめていた。死ぬはずがないと信じた。普通は即死だったところを何とか一命をとりとめたのだから、きっとそのまま帰ってくるに違いないと信じた。そう信じることで少しは笑っていられた。頭のおかしいストーカーすら受け入れてくれたような彼との運命がここで終わるはずがないと信じていた。
しかし彼が目覚めることはなかった。沙耶の時間は、あの病室の中で止まった。目覚めることも目覚めないこともわからないあの白い箱の中で、自分も死ねたらいいとさえ思った。だが沙耶はどうしようもなく生きていた。生きていたがゆえに、豪奢な棺の中で青白く眠る彼が灰になる姿を見送る羽目になってしまった。
ヴェールの奥をまだ明かしてもいないのに逝ってしまった彼に、沙耶は触れることすらできなかった。
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